うちの部署では、来客対応も電話対応も、誰の担当と決まっているわけではない。でも現実はほぼ9割、私が動いている。
「受付係でもないのに、なんで私だけ…」
そう感じることもある。モヤる瞬間も正直ある。でも、それでも私は今日も最速で動く。その理由を、少し整理して書いてみようと思う。
誰の担当でもないのに、誰も動かない問題
電話が鳴る。お客さんが来る。しばらく待つ。誰も動かない。気づいたら私が動いている。
こういう場面、うちの職場では日常茶飯事だ。「誰かがやるだろう」という空気が漂っていて、結果的にその「誰か」が私になっている。最初は「なんで私ばかり」とも思ったけど、最近はこのパターンの構造がわかってきた。
誰も動かないのは、悪意があるわけじゃなくて、単純に「誰かがやる前提で待っている」だけなのだ。そしてその「誰か」の最速回答が私になっているということ。
契約社員という立場で、私が動く理由
私は契約社員だ。正社員の方たちと同じ仕事をしながら、立場は違う。
正直なところ、「細かい雑務は正社員の方がやるより、私がやった方がいいかな」という感覚は持っている。来客対応や電話対応って、誰でもできるけど誰もやりたくないことの筆頭。そういう仕事こそ、私が率先してやることで、周りとの関係が円滑になると思っているから。
別に「契約社員だから雑用を引き受けなきゃいけない」という諦めじゃない。ただ、私が動ける場面で動くことで、チーム全体が回りやすくなるなら、それは悪いことじゃないと思っている。
モヤるのは、同じ契約社員の人まで「私にやらせようとする」とき
でも、正直モヤることもある。それは、同じ立場の契約社員の人まで、私に全部やらせようとするときだ。
正社員の方がやらないのは、まあわかる。忙しいのもわかるし、立場的に「次のアクション」を考えることに集中している場面も多い。でも、同じ契約社員で、同じような仕事をしている人が、電話が鳴っても来客があっても知らん顔をしているのは、さすがにモヤる。
「あ、また私か」という瞬間。見て見ぬふりをされている感覚。これが積み重なると、さすがに「やっているのが当たり前」と思われていることへのしんどさがにじんでくる。
最初は「できることからやろう」という気持ちだった
入社したばかりの頃、私はまだできることが少なかった。仕事を覚えている最中で、専門的な業務は先輩に任せるしかない。そんな状況の中で、「せめてできることからやろう」と思って率先してやり始めたのが、来客・電話対応だった。
「役に立ちたい」「チームの力になりたい」という純粋な気持ちだった。
でも気づいたら、その頃の習慣がそのまま固定化されてしまった。私が毎回動くから、周りの人が動かなくなった。良かれと思ってやり続けたことが、気づいたら「私がやる係」になっていた。これは、自分でまいた種でもある。だから一概に誰かを責める気にもなれない。
それでも私が動く理由、シンプルに2つ
じゃあなんでそれでも動くのか。理由はシンプルで、2つある。
ひとつは、相手を待たせることが失礼だから。
来たお客さんを放置すること、鳴り続ける電話を誰も取らないこと、それは相手に対して失礼だと思う。職場の事情は、外からくるお客さんには関係ない。「この会社は対応が遅い」「誰も出ない」という印象を与えることは、会社全体のイメージにも関わる。だから動く。
もうひとつは、「ちゃんとやっている人」という印象を積み上げることができるから。
地味なことを続けることは、じわじわと信頼になる。来客対応、電話対応、細かいことだけど、それを毎回きちんとやっていると、「あの人はちゃんとしている」という印象が積み上がっていく。誰かに評価してもらうためじゃなくて、自分が気持ちよく働くためにも、そういう積み上げは大事だと思っている。
モヤりと折り合いをつけながら、今日も動く
来客・電話対応を9割やっている現実は、変わらない。モヤる気持ちも、完全には消えない。
でも、「なんで私だけ」と怒り続けるより、「自分がやることで何かが良くなる」という感覚を持ち続ける方が、精神的にラクだと気づいた。割り切り、といえばそれまでかもしれない。でも、それも一つの、自分なりの賢い働き方だと思っている。
誰かが評価してくれなくても、相手が気持ちよく帰ってくれたら、それでいい。そう思える日が続く限り、私は今日も最速で動く。

